2001年4月号(Vol.2)掲載

壁と僕とベルリンと
第2回 「絶叫アメリカ人との遭遇」
松浦 孝久

 ペーター・フェヒターの十字架から、ツィンマー通りをさらに南へ歩いてみる。すると、前方から1人のアメリカ人らしい青年が壁際をこちらに向かいなが ら、何やらわめいている。近づいて来ると、両手を大きく広げて "Tell me why! (なぜだ!)" と叫んでいることが分かった。どうやら壁を見て興奮しているらしい。人の往来や交通を無情にも断ち切る壁の存在に対し、自分の疑問や感情をストレートにぶつけている感じだ。その点、殆どのベルリン市民や僕なんかは、壁があることを前提にしているから、壁を見ても「なぜ壁があるんだ?」という疑問も起きないのかも知れない。

ペーター・フェヒターの十字架から数十メートル南へ行った所。壁が一直線に続いている様子が見える。
また壁に白い線が引かれているが、これはある人がおこなった「壁の全長を白いペンキで線をひく」というチャレンジ。
壁が長過ぎたためか、せっかく線を引いても、すぐに別の落書きで消されてしまうためか、途中で挫折したらしい。


件(くだん)のアメリカ人をやり過ごすと、この先はしばらくオフィス街が続 く。壁際ぎりぎりまで会社や工場の敷地になっていて、なかなか壁に沿って歩くこともできない。僕みたいな壁マニアにはちょっと残念だが、この辺は昔はベル リンの中心街だったから仕方ないか。それでも建物の切れ目や、道路が壁まで達している部分では見える。

壁沿いに建ち並ぶ恨めしい建物。そのために壁際を歩くことができない。
壁の 向こうの東ベルリン側に見える建物はオフィスというよりアパートのようだ。


「でも考えてみると、どうもおかしいぞ。壁は厳密な境界線より少し東側に下がった所に建てられているわけだ。だから壁際ぎりぎりの部分ってのは、領土的には東ベルリンに属してるはずだ。だから工場やオフィスが壁際まできっちり閉じるように柵を立てる理由はないんじゃないの…。東側の土地を勝手に占拠してることになるじゃないか。歩かせろー」


物見台に上って見た壁。
ちゃんと「ツィンマー通り」という道路名を示す標識 があるのに、壁際まで柵が立っていて歩くことができない。
柵の中に立っている 白い看板は「西ベルリンはここまで」という境界を示す米軍のもの。
ちなみにこ のあたりはアメリカ占領区。この看板の位置が本当の境界線だ。


 しょうもないことを考えながら迂回して歩いていると、やがてツィンマー通りが終わり、リンデン通りと交差するあたりで再び壁に出会った。ここには木製の物見台があった。物見台というのは西ベルリン市が建てた高さ2~3メートルほどのもので、上ると壁の向こう側が見渡せるようになっている。この物見台は壁際の所々に置かれていて、道行く市民や観光客が上って東側を眺めている。


ツィンマー通りとリンデン通りが交差する所に物見台がある。
本当は道路なのだが、壁で行き止まりになっているので、ここぞとばかりに空きスペースにはちゃっかり車が止められている。


 僕もさっそく上って東ベルリンを見た。壁の裏は幅約30メートルの無人地帯になっている。ここはもちろん東ベルリン側なのだが、市民は立ち入り禁止。ここを通り抜けて西ベルリンに亡命する者が出ないよう東独の国境警備隊が厳重に見張っている。監視塔があったり、警備隊用の幅2メートルくらいの舗装された道などの設備がある。実際に警備兵がパトロールしている姿も時おり見える。


物見台から壁の頭越しに見た無人地帯と東ベルリン側。
東側から西側に亡命するには、この無人地帯を突破しなければならないが、下手に横切ろうとすれば射殺される恐れがあった。
亡命は命懸けだったのだ。


 その先には東ドイツの官庁系らしい建物が並んでいたり、20階建て以上の高層アパートがある。そして、こうした建物の間に東ベルリン側のテレビ塔(高さ365メートル)が見えて、ちょっと感動的だった。

少し下がった場所から壁を見ると、東ベルリンの高層アパート、そしてテレビ 塔がよく見える。
また壁際の物見台には数人の人が上っている。


 テレビ塔に見とれていると、物見台に上って来た中年女性が声をかけてきた。地元の人のようだった。
「右に見える建物あるでしょ。縦線が縞々っぽく見える あれ、ナチス風の建築スタイルなのよ」。
彼女が指す方を見ると壁のこちら側 (西ベルリン側)ではあるが、5階建てくらいの茶色の建物があって、前面は縦の枠が強調された様式になっている。確かにヒトラーの総統官邸や当時の役所なんかと似た印象を受ける。


写真右端に見える建物が例の「ナチス風建築」だという。
考えて見れば、この辺はナチス時代はドイツの首都であり、その中心だったのだ。
写真左の2棟並んで立っているのは東ベルリンの高層アパート。


壁は左の方から来て、ここで直角に曲がっている。
壁がなければ、ここは真っ 直ぐ前方に続くリンデン通りという立派な道なのだ。


「やれやれ。壁だけじゃなくて、ベルリンってのはナチスの亡霊まで背負っているのか…。とんでもなくエキサイティングな街だな」。
そんなことを思いながら、僕は再び壁に沿ってリンデン通りを歩き始めた。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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