2002年4月号(Vol.14)掲載 (2019年8月6日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第13回 オリエント・エクスプレス
松浦 孝久

 やがてシュプレー川にかかる石造りの大きな橋が見える。オーバーバウム橋だ。立派に見えるのも当たり前!?
 橋の真ん中には監視塔がピョコンと立っている。シュプレー川は東ベルリンに属しているため、この橋も東のものだ。というわけで監視塔もにらみをきかせている。でも、そのわりにこの監視塔、「橋の古さに合わせているんじゃないの?」って思わせるほど古くさい。今では殆ど見られない、泥を塗り固めて作ったようなタイプのものだ。もちろん中には警備兵が2人。東西ベルリン両方向に異常がないか見張れるよう、ご丁寧に、それぞれが東側、西側を向くような配置で座っている。そして橋のたもとに着くと目の前に境界を示す白線が引かれていて、その2メートルほど背後に金網、さらに壁がある。その壁には人が通れるだけの広さのドアが開いている。そして時折、お年寄りらがそこを出入りして、橋を渡る姿が見える。

シュプレー川にかかるオーバーバウム橋。水際には1メートル程度の柵しかない。川に落ちたら東ベルリンだ。

橋に近づいて見ると石造りの重々しさが感じられる。橋そのものが低いため、あまり背の高い船は通り抜ける事ができない。

橋の真中に立つ監視塔。橋は2段に見えるが、上の橋は鉄道用だ。

橋のたもと。検問所への入口。真中の小屋が東側の警備兵が詰めているところ。
左手にある白い小屋は西ベルリン警察用だが誰もいない。
この小屋に半分隠れている看板は「アメリカ占領区はここまで」と書かれている。


 そう、この橋の向こう側には検問所があるのだ。西ベルリン市民専用の検問所で、高齢者の利用が多いみたいだ。東ベルリン側の親類などを訪ねるのだろう。多くの人が両手にバッグや袋を持っている。きっとその中には、東側では不足しがちとされるコーヒーとか、あるいはほとんど売ってないバナナやオレンジみたいなフルーツといったお土産でいっぱいなんだな。
 西ベルリンには溢れていても東ベルリン側では手に入れることのできない物が多いのだ。
「壁一枚で世界が違うんだね…。」
 東西の対立が、こんなにも身近に見られるベルリンのスゴさを改めて思った。

橋を渡って検問所へ行く人たち。自由に行き来できるのは年金生活者となった高齢者。殆どの人が手に大きな荷物を持っている。
西ベルリンでしか手に入らない物を持って行くのだろう。

橋を渡って西ベルリン側に来た女性。境界の白線を踏み越えた瞬間。

 壁に取り付けられているドアの右隣には、目立たない小さな小屋がひっそりと立っている。別の検問所でも見たのと同じ小屋で、中には見張りのための警備兵が詰めていている。錆びたトタン屋根。中には照明がないらしく暗い。外からは見られず、しかも外を見やすい。無気味な四角い小窓はこちらを向いている。
「僕みたいに検問所を見に来る西ベルリン側の人間をチェックするのも目的なんだろうな。」
 右手にある木製の物見台に上ってみた。橋全体を見渡せるようになっている。橋そのものは幅が15メートルくらいはあろうか。かなり大きな橋なのだが、人が歩ける〝通路〟部分は幅わずか3メートルほど。金網で仕切ってある。つまり橋の大部分は使われていない。

橋を渡るには左手の狭い入口から。ただし残念ながら、検問所は西ベルリン市民専用だ。

東側の監視小屋。何のためなのか、中にいた警備兵が出てきたが、僕がカメラを構えているのを見てあわてて顔をそむけた。


 さらに橋の右手に隣接して、もう一本、背が高い橋がある。これは鉄橋、つまり鉄道用だ。西ベルリン市内を走る地下鉄1号線。地下鉄といっても、地下を走るのは市の中心部だけで、途中から地上に出て来て、しかも高架になっている。この地下鉄1号線、西ベルリン市内を東西に結んでおり、しかもこの辺はトルコ人の多いクロイツベルク地区とあって、「オリエント・エクスプレス」の愛称で親しまれている。最後の駅は、この検問所の近くのシュレジッシェス・トアー。現在では終点なのだが、線路は駅からなおも続いていて、この橋を渡って東ベルリン側に入ってすぐのところにあるワルシャワ通り駅までつながっている…、というか、壁ができる前まではつながっていた。当時は電車が行き来していたのだろうが、壁の建設に至る東西ベルリン分断の過程で電車の運行も寸断され、線路も鉄橋も今ではまったくの無用の長物と化している。

地下鉄1号線の終点、シュレジッシェス・トアー駅から東側に伸びる線路。もちろん電車は走っていない。

 その無駄は、もちろん東ドイツが壁を作ったことにより生み出されている。バナナもオレンジも食べられない東ドイツは、その無駄を埋め合わせる以上の価値のある国なのだろうか。そして、そんな国に四方を囲まれているにもかかわらず、西ベルリンには物が氾濫し、表面的には繁栄している。
「この違いはいったい何なんだ?」
 いつもの疑問が頭の中に湧き上った。
「考えても分からないさ。現実を受け入れるしかないか…。」
 結局は、いつもの答えに落ち着くのだった。

橋のたもとにある木製の物見台。観光客らが上って橋を見ている。

よく見ると物見台の先には東側が取り付けた監視モニターが…。
東ドイツは、こんなことまでチェックしないと気がすまない国だ。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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