2002年5月号(Vol.14)掲載 (2019年9月2日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第14回 川の中にも監視塔
松浦 孝久

 検問所があるオーバーバウム橋の先も幅広いシュプレー川はずっと続いている。流れが非常にゆっくりで、どっちが上流だか下流だか分からないほどだ。
 しかし、こんな穏やかな川に不似合いなのは東ドイツ国境警備隊の警備艇がひっきりなしに通ることだ。そのうえ川の中ほどにも監視塔がある。監視塔には、ちょっとした桟橋がついていて、警備艇が停泊している。そして川の真中には鉄柵が設置されていて、水中、水上を利用して西ベルリン側に行くことができないようになっている。しかも柵の上には陸上の無人地帯にあるのと似た照明灯が数メートルおきに取り付けられている。
 意外だが、川の向こう岸に壁は見えない。巨大なクレーンや、土砂が積み上げられた山などがある。岸壁には土砂を運ぶ平べったい船が何隻か横付けされている。建設資材の集積所のような感じだ。かつて、こうした船に隠れて西ベルリンに亡命したケースがあったので、水上だからといって警備の手を抜くわけにはいかない。川の中だけでなく、岸壁にもちゃんと監視塔が立っていている。まったく至れり尽せりの状況だ。

シュプレー川にかかるオーバーバウム橋を振り返る。細長い建物は東ベルリンのテレビ塔。

川の中に立つ監視塔。横に小さな桟橋があり、警備艇が交代要員を運ぶ。

川の中央に越境を阻止する鉄柵が設置されている。柵の上には照明灯がある。

向こう岸は建設資材の集積所のようになっていて、壁はない。

集積所を見張るための監視塔。その前を警備艇が通り過ぎていく。

西ベルリン側のシュプレー河岸。左手にある赤白の柱は水難事故を通報するための専用電話。


 ここから境界線は右に曲がっていく。シュプレー川から伸びる支流のような細い運河沿いだ。運河の向こう岸には白いコンクリートの壁。「おお、久しぶりじゃないか」と声をかけたくなる懐かしさ? 「しばらく川が続いたからね」。ちなみにこの運河は西ベルリンに属しているので、真の境界線は向こう岸にある。向こう側に渡る橋もあるので、ここを通れば向こう岸に渡り、壁際を歩くこともできる(もちろん東ベルリンの領域だが)。

シュプレー川から右に支流のように伸びる運河に沿って境界は折れ曲がっている。運河にかかる橋の向こうに壁が見える。

運河にかかる橋。右の壁際の土手には散歩する人の姿が。この場所は東ベルリンだ。

 車も通らないので壁際の草地に座ってくつろいでいる人の姿もある。
 そんなのどかさをかきけすように、こちら側を通る西ベルリン警察のパトカーが呼びかける。
「こっちに戻りなさい!」
 西側は、原則的にはベルリンはあくまでも一つであって壁の存在は認めてはいないのだが、まあ警察としては東側との間でトラブルになるのを避けたいのだろう。

壁際には小さな会社があった。手書きの看板がいい味を出している。

 こちら側には児童公園があって無邪気な子供達の声が響く。運河の岸辺では、何が釣れるのか、のんびりと釣り糸をたれる人も多い。また水面には水鳥も泳いでいる。そして目を壁の向こうにやると東ベルリン側には大きなアパートが並んでいる。その真下には監視塔。西ベルリン側の生活感あふれる光景とは打って変わって、東ベルリン側には静寂と緊張感が漂う。アパートの窓からこっちを見るような人もいないし、まして目の前は無人地帯でうっかり入り込めば銃殺される。このギャップこそ〝分断都市〟ベルリンの宿命だ。

道のように見えるが、運河にかかっている橋だ。この辺を散歩する人も多い。

運河沿いにある児童公園。公園の向こうにかすかに壁や監視塔が見える。

ベンチで壁を見ながら? 談笑する人たち。

中途半端な橋。
 たもとの部分は取り外されており通行できないのに、よく見ると、橋の上に柵があって通行止めになっている。

中途半端な橋を西ベルリン側から見ると、柵と壁の二重の通行止めがあるみたいだ。

柳の木に隠れてよく分からないが、運河で釣りをするおじさん。

対岸には東ベルリンの立派なアパートが立ち並ぶ。
 政治体制はともかく、日本の一般的なマンションより部屋は広そうだ。


 橋ばかりでなく、この運河には水道管と思われるパイプや貨物線らしい鉄橋までかかっている。いずれも役目を果たしていない。
「あまりにも色んなものがあり過ぎじゃないのか!」。
思わず文句のひとつも言いたくなってしまう。
「パイプは錆びているみたいだし、線路は壁で寸断されているんだし…。ぜんぶ無駄じゃないか。」
 倹約精神の権化みたいなドイツ人にとっても耐えられないはずだ。とは思ったものの、条約の上ではベルリンは連合国の占領下にあるのだった。ドイツなんだけどドイツじゃない、そんな半端な立場を象徴するような物がこの街にはあふれている。気が付くとクロイツベルク地区から住宅街のノイケルン地区に入るところだった。

運河にかかる不気味なパイプ。水道管のようだが、利用されていないのかと思うと複雑な気分になる。

運河にかかるこの鉄橋は貨物線用だったとみられる。監視塔の頭が鉄橋越しに見える。

運河にかかる鉄橋。線路は東側まで続いていたのだが、車止めが施されていて、その向こうには壁が無情にも立ちはだかる。

運河のさらに支流から壁を見る。東ベルリンのアパートを背に監視塔がある。

今まで歩いてきた運河沿いの境界を振り返って見るとこんな感じ。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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