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2002年5月号(Vol.15)掲載 (2019年9月2日リニューアル掲載)
壁と僕とベルリンと | 松浦 孝久 |
検問所があるオーバーバウム橋の先も幅広いシュプレー川はずっと続いている。流れが非常にゆっくりで、どっちが上流だか下流だか分からないほどだ。
しかし、こんな穏やかな川に不似合いなのは東ドイツ国境警備隊の警備艇がひっきりなしに通ることだ。そのうえ川の中ほどにも監視塔がある。監視塔には、ちょっとした桟橋がついていて、警備艇が停泊している。そして川の真中には鉄柵が設置されていて、水中、水上を利用して西ベルリン側に行くことができないようになっている。しかも柵の上には陸上の無人地帯にあるのと似た照明灯が数メートルおきに取り付けられている。
意外だが、川の向こう岸に壁は見えない。巨大なクレーンや、土砂が積み上げられた山などがある。岸壁には土砂を運ぶ平べったい船が何隻か横付けされている。建設資材の集積所のような感じだ。かつて、こうした船に隠れて西ベルリンに亡命したケースがあったので、水上だからといって警備の手を抜くわけにはいかない。川の中だけでなく、岸壁にもちゃんと監視塔が立っていている。まったく至れり尽せりの状況だ。
ここから境界線は右に曲がっていく。シュプレー川から伸びる支流のような細い運河沿いだ。運河の向こう岸には白いコンクリートの壁。「おお、久しぶりじゃないか」と声をかけたくなる懐かしさ? 「しばらく川が続いたからね」。ちなみにこの運河は西ベルリンに属しているので、真の境界線は向こう岸にある。向こう側に渡る橋もあるので、ここを通れば向こう岸に渡り、壁際を歩くこともできる(もちろん東ベルリンの領域だが)。
車も通らないので壁際の草地に座ってくつろいでいる人の姿もある。
そんなのどかさをかきけすように、こちら側を通る西ベルリン警察のパトカーが呼びかける。
「こっちに戻りなさい!」
西側は、原則的にはベルリンはあくまでも一つであって壁の存在は認めてはいないのだが、まあ警察としては東側との間でトラブルになるのを避けたいのだろう。
こちら側には児童公園があって無邪気な子供達の声が響く。運河の岸辺では、何が釣れるのか、のんびりと釣り糸をたれる人も多い。また水面には水鳥も泳いでいる。そして目を壁の向こうにやると東ベルリン側には大きなアパートが並んでいる。その真下には監視塔。西ベルリン側の生活感あふれる光景とは打って変わって、東ベルリン側には静寂と緊張感が漂う。アパートの窓からこっちを見るような人もいないし、まして目の前は無人地帯でうっかり入り込めば銃殺される。このギャップこそ〝分断都市〟ベルリンの宿命だ。
橋ばかりでなく、この運河には水道管と思われるパイプや貨物線らしい鉄橋までかかっている。いずれも役目を果たしていない。
「あまりにも色んなものがあり過ぎじゃないのか!」。
思わず文句のひとつも言いたくなってしまう。
「パイプは錆びているみたいだし、線路は壁で寸断されているんだし…。ぜんぶ無駄じゃないか。」
倹約精神の権化みたいなドイツ人にとっても耐えられないはずだ。とは思ったものの、条約の上ではベルリンは連合国の占領下にあるのだった。ドイツなんだけどドイツじゃない、そんな半端な立場を象徴するような物がこの街にはあふれている。気が付くとクロイツベルク地区から住宅街のノイケルン地区に入るところだった。
執筆/画像提供 松浦 孝久 |