2002年10月号(Vol.19)掲載 (2020年2月12日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第17回 「壁の不思議」に連続遭遇
松浦 孝久

 壁をはさんで東西ベルリンのアパートが10数メートルの距離で向き合っている。壁沿いにブーシェ通りを歩いていく。ブーシェ通りと立派な名前はついていても、それは昔、ここがちゃんとした道路だった時の話。街路樹が数メートルおきにあるのだが、壁がどっしりと立っているため今では名も無い路地とでも呼ぶ方がふさわしい。住民は壁沿いに車をとめたり、はき集めた落ち葉を山積みにしている。「それなりの使い方があるね」と思いながら進むと、コンクリート製の壁がちょっと変な風になっていることに気づいた。
 壁に高さ1メートル、幅50センチくらいの大きさで切れ込みが入っている。道路工事でアスファルトの路面を切るための強力なカッターで切ったんじゃないかと思う。しかし誰が、何のために…。壁に落書きするというのは定番のイタズラだが、まさか大胆にも西ベルリン側から壁に穴を開けようとしたのか。

さびれた路地になっているブーシェ通り。街路樹の間には車がとめられている。

壁を隔てて向き合う東西ベルリンのアパート。目の前なのに互いに遠い存在だ。

落ち葉をはき集めて壁際に。何かと便利に使えるスペースでもある。

これが壁のドア。わざわざドアを作った理由は不明だ。

 実はこれ、東ドイツの国境警備隊が作った壁の「ドア」。コンクリートがすっぱり切り取られており、これがドアになっている。もちろん警備兵が何らかの監視や作業を行うために作ったものだ。人がかがんで通り抜けられる程度の大きさで、当然内側からカギはかかっているだろうから、こっちからは開かない。しかし、なぜこの場所に設置されたのか、具体的にどんな活動のために作られたかは分からない。こんな住宅街の真中で、警備兵がわざわざ壁を抜け出てくる必要もなさそうなのだが。これと同じ形のドアは、150キロの長さに及ぶベルリンの壁で他に1か所。市中心部のブランデンブルク門脇にある。

 ブーシェ通りは100メートルも歩くと終わり、ここから右へ直角に曲がってハイデルベルク通りになるが、この道もまた壁のせいで中途半端な遊歩道みたいになっている。そして、この曲がり角の後ろに監視塔があるが、その存在は少し先へ行った所の物見台の上から見て初めて知った。なぜなら、この監視塔、「なんで?」と言いたくなるほど背が低いからだ。西ベルリン周囲に約300基ある監視塔の中で一番小さいと思う。普通、監視塔は高さ10メートル前後だが、ここのは半分くらい。とても「塔」と言えないし、かっこ悪い。「中にいる警備兵も居心地悪いだろうな」なんて勝手に思ってしまう。

ハイデルベルク通り。西も東もこのあたりはアパートが立ち並ぶ住宅街だ。

かっこ悪~い小さな監視塔。まさか資材が足りなくてこれしか作れなかったわけでもあるまい。

これがまともな監視塔。高さ10メートル位はあろうか。

ハイデルベルク通り。道路といってもアスファルトでなく土だ。

「ハイデルベルク通り」を示す標識は立てられているが、どこに道があるのだろう…。

うねうねと壁が続いている様子が分かる。物見台には東ベルリンを眺めている人の姿も。


 変なものばかりが続くが、「ダメ押しの3発目」を物見台の上から見てしまった。普段なら警備兵が乗った軍用車が走る無人地帯を白い乗用車が走っているのだ。しかも東独で一般的な庶民が乗ってるトラバントだ。その大衆車が厳戒態勢が敷かれている無人地帯を走っている!? 中に乗っているのは軍服を着た人物。東独の軍上層部か、ソ連やポーランドの軍関係者か。でもそういう人たちの視察なら軍用車両を使うはずだ。謎は深まるばかり。ひとつ言えるのは、たとえ国賓であっても無人地帯の軍用道路は狭いので、トラバント以上に大きい高級車では走れない、ということだろう。
 もともと謎の多い壁。でも一度にこれだけ遭遇してしまうと、さすがに頭の中で「?」が膨らんでいくのだった。

謎のトラバント出現。誰が、何のために、なぜこの車で…。分からない。

壁の裏、わずか数メートルの所に立つ東ベルリンのアパート。人は住んでいるようだが目の前に監視塔が見張っている。

東ベルリンのアパート。よく見ると窓枠は古びているが、レースのカーテンなんかもあって、一応の生活感は感じられる。

無人地帯で作業する警備兵ら。内側の壁の上に有刺鉄線を取り付けているようだ。

無人地帯で草を刈るトラクター。運転席には作業員と、見張りの警備兵が必ず同乗している。

無人地帯を走るパワーショベル。警備隊仕様に塗装され、車体中央にマークも付いている。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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