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2003年9月号(Vol.29)掲載 (2021年1月28日リニューアル掲載)
壁と僕とベルリンと | 松浦 孝久 |
(前号からの続き)
壁が絶えず進化していることは知っていた。でもさすがに最新型のコンクリート壁が建設されているのを目の当たりにすると、全身に緊張感が走る。建設作業に携わるのは、やはり東ドイツ国境警備隊に所属する部隊らしい。真っ黒な作業服を着ている者が多い。これらの作業員を見張る警備兵もたくさんいる。古くなった金網を取り壊し、新たに堅固な壁を設置するのが一連の作業の流れだ。
手順はこうだ。まず最初に金網の外側にフェンスを立てる。これは作業スペースを確保するのと同時に、作業員が西ベルリンに逃亡できないようにするためだ。亡命を阻止するための障害物そのものを建て替える工事だ。一歩踏み出しさえすれば西ベルリンに入れてしまう。このフェンスを立てる作業そのものは警備兵が行う。作業員らは信頼されていないようだ。きっと工事現場に派遣される警備兵は、思想的に東ドイツ政府に忠実な者が選ばれているにちがいない。なにしろフェンスを立てている兵士は西ベルリンとの境界線ぎりぎりの所にいる。僕が立っている位置からは、握手もできれば蹴飛ばすこともできる距離だ。
フェンスを立てた後、重機を使ったりして金網を撤去し、空いた所にコンクリート壁のブロックをクレーンで設置する。このブロックは1個が高さ3.6メートル、幅1.2メートル、重さは2.75トンあると言われる。ブロックが何個か並んだ状態になったら、互いの上部で溶接して固定する。またブロックどうしの隙間にもセメントが塗り込まれ補填される。作業員たちは殆どが若者で、日本で言えば高校生くらいにも見える。みんな楽しそうに仕事しているのが印象的だ。それに比べ、作業員を見張っている警備兵には目つきの鋭い、まるで人を疑うのが趣味であるかのような性格の悪そうな人物が多く見受けられる。こうした警備兵は、僕が写真を取りまくるのを快く思うわけがなく、時々あからさまに敵意むき出しの表情でにらみつけてくる。もちろん僕が西ベルリン側にいる以上、彼らは手出しできない。
さて、壁の基本形ができたら次は上にパイプを乗せる。直径40センチくらいのパイプをクレーンで吊り上げ、壁上部にそろりそろりと下ろす。壁の上には作業員が待ち構えていてパイプを正しい位置に調整する。これで壁の形はできたけど、まだ完成ではない。〝化粧〟の仕事が残っている。壁に白の塗料を吹き付けるのだ。「最後までちゃんと作らないと気がすまないのは、いかにもドイツ人らしいよね」と思ったけど、同時に疑問も感じた。「一生懸命に仕事してるけど、彼らは知らないのかな」。西ベルリン側では壁はあっという間に落書きで埋め尽くされることを…。面白いことに、この吹き付け作業、警備兵が手伝っている。工事用の一輪車に長さ1メートルほどの塗料入りのボンベが乗っていて、それにポンプがついている。警備兵がポンプの棒をキコキコ動かすと、ボンベから伸びた細いホースの先から塗料が吹き出す。ホースを持っているのは若い作業員だ。
日が傾きかけるころになると彼らは引き返す。まず作業員が、そして警備兵が、壁にかけたハシゴを使って東側へ戻る。そのハシゴは最後の兵士が壁の上から引き上げて持ち去る。亡命に使われそうなハシゴを現場に残していくわけにはいかないのだ。最後の兵士がハシゴに登って壁を越えるとき、ちょっとしたハプニングが…。この警備兵、壁の上に登ったところで、カメラを構える僕に対してお尻をプリッと振って挨拶(?)してくれたのだ。サービス精神旺盛なのか、ユーモアの分かる人物なのか、はたまた僕をからかいたかっただけなのか。いずれにしろ一日の仕事を終え、作業員を見張っていた緊張感から解放されたことは事実だろう。いざとなれば発砲しなければならない重圧と戦っていたのだ。「警備兵といえどもやっぱり普通の人間だったんだ」。僕自身の緊張も解けたみたいだ。
執筆/画像提供 松浦 孝久 |