2001年11月号(Vol.9)掲載 (2019年3月19日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第9回 壁は大河のごとく…
松浦 孝久

 路地を曲がると、やっぱり壁と、右側に立つアパートに圧迫され、陰鬱な雰囲気が漂うのは否定できない。でも今までとちょっと違うのは、この路地からは壁越しに東ベルリンにそびえるミヒャエル教会が見えることだ。この「路地」も本来は大通りの歩道部分だ。右側に立つアパートとの境目が、厳密な東西ベルリンの境界線。西側市民の誰一人として気にとめないことだが、壁際を歩くことは東ベルリン側に入り込んでいることになる。

壁越しにミヒャエル教会を望む。

道といえる場所ではないのに、道路名を示す標識だけはちゃんと立てられている。
公式には壁の存在を認めていない西ベルリン市当局の〝意地〟だ。

路地といっても本当は「歩道」。そんなことには構わず車を置くのがベルリン流?

 

 壁に沿って右に曲がると路地もカーブしながら続く。ベタニエン通りだ。もともとは太い道だが、壁によって遮られているため、道路の大部分は無人地帯となっている。歩けるのは幅わずか数メートルの歩道だけ。こんな路地を、地元の人たちとすれ違いながら歩いていく。

 すると子供2人に声をかけられた。小学生くらいだ。一人はこのあたりに多いトルコ系にも見えるが、二人ともドイツ語だ。
「ねぇねぇ、カメラ持っているんだったら僕達を撮ってよ」
「よーし、撮ってやるから壁の前に並んでごらん」
「写真ができたらちょうだいね。うちはあそこのアパートだから」

壁際は子供の遊び場でもある。

この2人に声をかけられ、写真を撮ってくれとせがまれた。

 

 2人の写真を撮った周辺には数軒のアパートが立っている。そのうち一番背が 高くて古そうな建物の玄関が開いている!僕を呼んでいるとしか思えない。ドイツではアパートの玄関にもちゃんとカギが付いていて、住人以外は入れないことが多いからだ。「天の恵み」とばかりに、例によってこっそりお邪魔して、はやる気持ちを抑えつつ6階(ドイツでは5階と表現する)まで階段を一気に上った。そして踊り場の小窓から顔を出すと……、おぉー、無人地帯を眼下に一望だ!!壁が街を分断している様子が手に取るように分かる。

アパートの階段を上り、踊り場から無人地帯を見る。見事なほどに街が分断されている。
同じ民族が住む都市が、これほど明確に分断された例は史上ないだろう。
また無人地帯が、いかに土地を無駄に使っているかも良く分かる。

 東西ベルリンを仕切る無人地帯の幅は30-40メートル。まず西ベルリン側に分厚いコンクリートの壁があって、その裏側は真っ白であることが分かる。その左側には、昔は道路(ベタニエン通り)だったことを伺わせるアスファルト舗装がそのまま残っている。それとは別に無人地帯を横切るようなアスファルト舗装もある。「壁ができる前は、ちゃんとした道路だったんだなぁ。あの辺が交差点だったんだ」と感慨にふける。さらに左側には、亡命者が出た場合に足跡が分かるように土をならした帯状地、警報装置に接続された有刺鉄線、東独の警備隊がパトロールするための軍用道路がある。だいぶ先には白い監視塔も見える。最も東ベルリン寄りには白くて薄い壁が立っている。こんなに障害物がたくさんあって厳重に警備されている所を横切って無事に西側にたどり着くことは不可能だろう。この付近で亡命に成功したという話は聞かない。それは同時に、街を完璧に分断していることも意味している。

東ベルリン側の壁の裏。西側と違って落書きはない。人通りも殆どなく、子供が走っていく姿だけが見える。

 このアパートから無人地帯を見下ろすと、道路自体が左にカーブしているため、東ベルリン側の壁の裏まで見える。西ベルリン側では壁は落書きでいっぱいだが、東ベルリン側のはまっさらのまま。東独では壁に関することはタブーだから当たり前の話だ。東ベルリン側では壁の真裏にも道路がある。フリッツ・エッケルト通りと名前もちゃんとあるけれど人通りは殆どない。子供が2人走っていくのが見えただけだ。大人がそんな所をうろついていれば、きっと警官や私服の秘密警察の捜査員に呼び止められ職務質問されるだろう。

東ベルリン側の建物。アパートのようにも見えるし、何かの事務所のようでもある。
いずれにしても、こういう壁際の施設に出入りする市民は当局の監視を日常的に受けているはずだ。

 

 目をもっと先の方にやると、西ベルリン側に巨大な教会が見える。聖トーマス教会だ。少し前に見たミヒャエル教会は背の高い建物だったが、このトーマス教会は横に広くどっしりとしていて存在感がある。戦争末期には激しい戦火に包まれたベルリン市街地だが、石造りの立派な建築が今でも至る所に当たり前のように残っている。こうした歴史を感じさせる街並みは大好きな僕だが、「ベルリンの壁」も石造りの一種であることを忘れてはなるまい。

目を先の方にやると、聖トーマス教会が見える。
アパートの踊り場から撮ったものだが、無人地帯がカーブしているため、いかにも東ベルリン側から撮った写真のように見える。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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