2003年10月号(Vol.30)掲載 (2021年2月17日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第26回 鳥になった気分で
松浦 孝久

 新たに建設された真っ白な壁を見ながら歩いていくが、もう早速いくつか落書きがされている。街外れなので通行人も少なくて、中心街のクロイツベルク地区みたいにビッシリと落書きで埋め尽くされているのとは比べ物にならない。どんなことが書かれているのか見てみると、「ここから先は東ドイツ軍の演習場」とか「ここでドイツ人がドイツを分断している」とか「壁に反対しよう」というのがある。やはり壁の存在を批判する内容が中心だ。メッセージ(文章)が多く、絵は殆ど見あたらない。「あっさりしたものだね」。その中で壁の歴史に関係する落書きを見つけた。

英語で書かれた落書き。「壁に反対しよう」。ここはアメリカ占領地区なので、アメリカ人が書いたのかも知れない。

「ここでドイツ人がドイツを分断している」

「誰も壁など作ろうとは思っていません」。東ドイツ指導者ウルプリヒトの言葉。最後の"erbauen"という言葉は間違い。正確には"errichten"と彼は言った。(意味は同じ)

「東ドイツ軍演習場」

「世界に平和を」

「結局、あなたは壁の中の1個のレンガに過ぎない」。ベルリンの壁とは関係なく、現代社会に生きる人を皮肉った内容だと思われるメッセージだ。

 1961年6月15日、東ドイツが西ベルリンを封鎖するために壁を築くのではないか、という噂がささやかれていた時、東独の指導者W・ウルプリヒトがメディアの会見で記者の質問に答えた。「建設労働者は主に住宅建築にフルに投入されています。誰も壁を作ろうなどとは考えていません」――。この会見のわずか2か月後には壁が建設されたため、「誰も壁を作ろうなどとは考えていません」という発言は後々まで語られる有名なセリフとなっている。そして目の前の壁にスプレーで書かれているのが、この言葉だ。細かいことは言いたくないが、せっかく書いたこの歴史的なセリフ、言葉が一つ間違っている。意味は同じなので許せる範囲だけど。


 壁に沿って歩いていくと、先の方で壁は直角に右に曲がっている。そしてその角には小高い丘がある。「あそこに登れば向こう側が広く見渡せそうだな」と思って、とにかく上へ上へと目指した。意外に高さがある。頂上に立った僕の目の前に広がった光景は、「壁による都市の隔離」を十分に意識させるものだった。はるか十数キロ先まで見渡すことができ、ベルリン周辺が起伏の殆どない平坦な土地であることがよく分かる。壁の真裏にある無人地帯、その向こう側一帯はただの草地、あるいは荒地だ。畑じゃない。

丘の上から左手、東の方向を望む。左下の木が茂っている部分が西ベルリン。その右側は無人地帯だ。

南西の方角。無人地帯の向こう側は畑ではなく、ただの草地。


 右手の方向、つまり北の方を望めば壁と無人地帯がほぼ一直線に数キロ。西ベルリンがきっちりと分断されている様子が手に取るように見える。西ベルリン側は木が生い茂っているが、壁を境に東側の木々は伐採され荒涼とした無人地帯になる。そのコントラストが嫌でも「西ベルリン=陸の孤島」を意識させる。数キロ先で境界線は左に直角に曲がっている。その壁の向こうには西ベルリンの高層住宅街が広がる。建物の密集ぶりが異様だ。壁によりビル群が押し込まれているように見える。「壁がなければ、あんなにごちゃごちゃしたビル街にならなかったはず…だよね」と思う。壁は西ベルリンの土地利用にも影響しているのだ。無人地帯には監視塔や監視道路のほかに、軍用犬がつながれている小屋が一定の間隔で並んでいる。目を南に転じると、数百メートル先に停止信号のためか列車が止まっている。赤いディーゼル機関車が深緑色の客車を8両引いている。そして列車の向こうには空港! が見えるではないか。東独のシェーネフェルト空港だろう。航空機2機が駐機している。

丘の上から右方向、つまり北を見る。彼方に見えるビル街は西ベルリンの高層住宅街。

西ベルリンが境界線で分断されている様子が良く分かる。壁は数キロ先で左に曲がっており、向こうに見えるビル群は西ベルリンだ。

丘のふもとの無人地帯。壁のこちら側の道を自転車で行く人の姿が見える。

無人地帯の中に立つ大型の監視塔。遠くまで見通せるよう、地上に2メートルくらいの盛り土をして高さを出している。

南の方を見ると、停止中の列車、そしてシェーネフェルト空港が見える。


 ここの丘のように数キロにもわたって壁を見通せる場所は他になく、その雄大な光景には感動してしまう。地元の人たちがこの丘に登り散歩している姿も見かけるが、彼らもきっと同じ思いに違いない。壁の存在がいいのか悪いのかは別だけど。いや、そうじゃない。壁があるからこそ、ここから見える風景は感動的なんだと思う。単に見晴らしがいいだけでなく、西ベルリンと東ドイツという異なる世界を上から神様になった感覚で見下ろすことができるからだ。
 感動の余韻にひたりながら丘を下りると、散歩する住民を当て込んだソーセージ売りの屋台があった。アイスも売ってる。「やっぱり下界は現実的だな」。これが正直な感想だ。

丘を下りたところ。左の車はソーセージやアイスを散歩中の地元住民に売る屋台。近くに乗馬クラブがあるので馬で散歩する人も見かける。

古い金網の脇にポツンと取り残された電柱。もちろん現在では使われていない。壁際にはこういう遺物がときどき残っているのを目にする。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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