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2003年3月号(Vol.24)掲載 (2020年7月22日リニューアル掲載)
壁と僕とベルリンと | 松浦 孝久 |
もしベルリンが東西に分かれていなかったら、この辺りは市の中心部。東京23区を同じように東西に分けたら、いま僕がいるのは千代田区と中央区の境目あたりのはずだ。それを考えるとベルリンは静か過ぎる。建物が密集してるわけじゃないし、人通りも少ない。しかも壁際には公園のような緑地帯が整備されたりしていて、いい環境だ。こんな閑静な住宅地だが、東西ベルリン間を行き来する検問所が久々にあった。ゾンネン通り検問所。もちろん警備は厳重そのものだろうが、アパートに囲まれた検問所は、のんびりとした雰囲気が漂う。
近くの物見台に上ってみた。検問所を通る車も人も殆どない。動きが無い。警備兵も暇なんだろう。中年の警備兵が一人、検問所入口の裏にある監視用通路まで出てきた。双眼鏡を持ってる。
まずは東ベルリン方向をチェック。自国民に目を光らせる警備兵としては基本動作だ。そして次に彼はクルリと振り返って、西側もチェック。何か珍しい物でも見つけたのか、双眼鏡を手にずっと先の方を見ている。「おいおい、ここにカメラを持った怪しいアジア人がいるだろう。」僕の方には目もくれない。「こっちも見ろよ。写真撮ってるんだから司令部に報告するのが仕事じゃないのか…。」やっぱり、ただの暇つぶしだったみたいだ。
ところで壁の裏側にある東ベルリン側のアパートだが、住んでいる人は東独の支配政党である社会主義統一党の党員ら体制派の人たちだ。理由は、壁を越えて西側に逃げる可能性が低いから。そして、その意気を示すかのように、ベランダには東独国旗や赤旗が掲げられている。西ベルリン市民へのデモのようだ。しかし…。その一方で、屋上やベランダに立てられているテレビのアンテナの中には西ベルリンの方を向いているものもあるではないか。その方角には確かに西ベルリンのテレビ塔がある。東ドイツでは西側のメディアを聴取することは公式には禁止されている。「君たち、壁の真裏に住みながら堂々と西側の放送を楽しんでいるのか」…と声もあげたくなるが、情報によると、確かに禁止されてはいるが実際は黙認されているらしい。一般市民でも聴取してる人は多いという。何といっても東ドイツには放送が二つしかない。それも社会主義を宣伝するような硬いだけの番組が多いとくれば、アンテナの向きをちょっと変えるだけで別のチャンネルも見られるなら魅力的だ。ただし西の放送を見ていることを学校や職場で話題にするのはご法度だ。反体制派とみなされ、進学や出世に響く。下手すりゃ秘密警察に捕まってしまう。
また、こんな話も聞いた。西側放送の聴取をやめさせるため、あるアパートの管理人が党員以外の家庭に対し、西側に向けているアンテナを撤去させたというのだ。「党員以外」というのがカギだ。党員だったら西側の放送を見てもいいんだ、と解釈できる。「結局、建前と本音なんだ。」表向き党員で国旗や赤旗を掲げているけれども、家庭では西側の番組をちゃっかり楽しんでいる。人間の考えることは、どこでもそんなに変わらないなと思った。
こんなアパートを見ながら歩くと壁は運河沿いになる。幅20数メートルのブリッツ運河支流だ。ベルリンには運河が発達していて、東西間を往来する水運も盛んだ。左の方向は東ベルリンだ。そこには船用の検問所がちゃんとあって、その手前には信号やら標識なんかがある。ここも静かで船の出入りもない。退屈なので歩き続ける。
執筆/画像提供 松浦 孝久 |