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  • 壁と僕とベルリンと 第16回 警備兵との”攻防戦” 松浦 孝久 - べるりんねっと789

    2002年9月号(Vol.18)掲載 (2019年11月18日リニューアル掲載)

    壁と僕とベルリンと
    第16回 警備兵との”攻防戦”
    松浦 孝久

     ガンガン、ガンガン! ノイケルン地区ハルツ通り沿いにある物見台。あらかた写真も撮ったので先へ進もうと思い物見台を降りようとすると、壁の裏の監視塔から金属音が聞こえてくる。鉄の棒で金属の枠のようなものを叩いている音だ。振り返ってみると、監視塔の中にいる20歳そこそこと見受けられる警備兵が2人、ニヤニヤしながらこっちを見ている。「もっと写真を撮って欲しいのかな」と思いつつカメラを向けると、すっと窓枠の影に隠れてしまう。「何だよ。写真は嫌なのか。んじゃ、もう用はないよ」とばかりに再び物見台を降りようとすると、またも連中は、ガンガン!

    物見台に上って東側を見ている人たち。同時に監視塔の警備兵からもチェックされることが多い。
    この距離なのに警備兵はご丁寧にも必ず双眼鏡でこちらを見る。

    ブーシェ通り沿いの壁。木製の物見台があって、そのすぐ向こうには監視塔。
    西ベルリン側の物見台から最も近い距離にある監視塔だ。

    壁と物見台。壁は右手の方向に曲がっており、「ブーシェ通り」と道路名を示す標識も見える。

    大きなアパートは東ベルリンの住宅だ。建物の前に立つ巨木が歴史を感じさせる。

    東西ベルリンの住宅を無言の圧力で分断する壁と無人地帯。

    壁の真裏にある東ベルリンのアパート。普通なら散歩するような場所が鉄条網で封鎖されている。
    住民でさえ、うっかり近づくと東ドイツ当局に亡命の意思ありと疑われかねない。

    東ベルリン側のアパート前にどっしりと立ちはだかる壁。

    壁の上にとまっている鳥。

    壁の上にちょこんと乗っている石。自然に乗っかるとはありえないので、誰かが器用に置いたとしか思えない。

    右手の丸い物体は西ベルリンの空きビン回収容器。その左側の高さ2メートルほどの小さなたて看板には「立ち入り禁止」と書かれている。

    朽ちたまま残されている道路名を示す古い標識。壁ができてしまったため、誰もかえりみることもせず、ずっと立っているのだろう。

    閑静な住宅街の道路を寸断する壁。閑静なのは壁があるために交通量が少ないせいなのだろうか。


     写真は撮られたくないけど、僕のことはからかいたい…。「よーし、そっちがその気なら、付き合ってやるぜ」。物見台の上に戻った僕はカメラを構えて彼らが顔を出すのを待つことにした。ここから監視塔まで、ほんの数メートル。おそらく西ベルリン側から最も近い位置にある監視塔だ。望遠レンズを使えば表情もはっきり撮れる。しかし連中も用心深い。顔を出したかと思えば双眼鏡で表情を隠している。しかも1人はカメラを持ち出してきて逆に僕の写真を撮ろうとする。「負けるもんか…」。なんだか変な意地が出てきて粘ることにした。「ったく暇な奴らだ」と思いながらも、それに付き合う僕も相当暇な人間だ。

     こっちも顔写真を撮られないようにしながらの攻防がしばらく続いた。顔写真をうっかり撮られると、それが秘密警察のリストに登録される可能性がある。この距離だと顔を識別できるくらい鮮明に撮れる。もしかしたら東ベルリンに行くときや、東ドイツを列車で通過して西ドイツへ行く際に面倒なことになるかも知れない。あるいは東側のスパイに探られるかも知れない。実際、西ベルリンには本格的な諜報員ではなくても東ドイツ秘密警察の息がかかった人が多数いると言われる。
     一般市民ではあるけれど、東独秘密警察の指示に応じて西ベルリン側の情報を提供するらしい。逆に、警備兵が間抜け面(づら)を西側から撮影されて新聞や雑誌に出てしまったら、軍の中で問題になるだろう。あの国のことだから下手すれば軍法会議で有罪ってことになるかも。この攻防戦、関係ない人から見れば実にくだらない「お遊び」なのだが、どっちもけっこう真剣なのだ。

    西ベルリン側のアパートに登ってみたところ。壁のすぐ裏に東ベルリンのアパートが迫っている様子が分かる。

    壁裏の無人地帯を掃除する国境警備隊の作業員たち。みんな黒い作業服を着ている。

    壁の向こうの東ベルリンの道路。とめてある車を見ると、西側で見られる車とは明らかに感じが違う。
    小粒でお手軽、といった東側の車の特徴が分かる。

    監視塔勤務のため軍用車から降り立つ警備兵。

    交代のため監視塔に向かう2人の警備兵。こちらのカメラを明らかに意識しているが、別に顔を隠そうとはしない。
    2人とも下士官であることを示す緑色の階級章を肩につけている。


     向こうも心得ていて、なかなか顔を出さない。監視塔の窓は開けたままだけど、鉄の網戸は閉めてあって顔がよく見えない。すると今までカメラを構えて僕の写真を撮ろうとしていた警備兵が、網戸の向こうから思いっきり舌を出し、「ベェ~ッ」と言いやがった。なっ、なんだ? ドイツでも人をバカにする時は〝アカンベェー〟ってのをやるのか…。軽い敗北感。一本取られたような気がして「今日は引き上げるかぁ…」と肩を落としながら現場を離れようとしたところ――、なんとそれまで隠れていた2人が、はにかみながらも顔を見せた。その瞬間を見逃さずパシャリ。結果は1勝1敗といったところか。

    警備兵との〝攻防戦〟。監視塔の中から僕の様子をうかがう2人。
    右の兵士はカメラを構えている。東ドイツ製のプラクティカというカメラだ。

    出た! 網戸越しの〝アカンベェー〟。写真だと分かりにくいが、確かに舌を出している。

    やった! 最後にとらえた笑顔の警備兵。なかなか撮れない写真だ。
    こんな普通そうに見える若者が、いざ亡命者を見つけたら本当に銃撃できるのだろうか。

     

     執筆/画像提供  松浦 孝久
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