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2002年9月号(Vol.18)掲載 (2019年11月18日リニューアル掲載)
壁と僕とベルリンと | 松浦 孝久 |
ガンガン、ガンガン! ノイケルン地区ハルツ通り沿いにある物見台。あらかた写真も撮ったので先へ進もうと思い物見台を降りようとすると、壁の裏の監視塔から金属音が聞こえてくる。鉄の棒で金属の枠のようなものを叩いている音だ。振り返ってみると、監視塔の中にいる20歳そこそこと見受けられる警備兵が2人、ニヤニヤしながらこっちを見ている。「もっと写真を撮って欲しいのかな」と思いつつカメラを向けると、すっと窓枠の影に隠れてしまう。「何だよ。写真は嫌なのか。んじゃ、もう用はないよ」とばかりに再び物見台を降りようとすると、またも連中は、ガンガン!
写真は撮られたくないけど、僕のことはからかいたい…。「よーし、そっちがその気なら、付き合ってやるぜ」。物見台の上に戻った僕はカメラを構えて彼らが顔を出すのを待つことにした。ここから監視塔まで、ほんの数メートル。おそらく西ベルリン側から最も近い位置にある監視塔だ。望遠レンズを使えば表情もはっきり撮れる。しかし連中も用心深い。顔を出したかと思えば双眼鏡で表情を隠している。しかも1人はカメラを持ち出してきて逆に僕の写真を撮ろうとする。「負けるもんか…」。なんだか変な意地が出てきて粘ることにした。「ったく暇な奴らだ」と思いながらも、それに付き合う僕も相当暇な人間だ。
こっちも顔写真を撮られないようにしながらの攻防がしばらく続いた。顔写真をうっかり撮られると、それが秘密警察のリストに登録される可能性がある。この距離だと顔を識別できるくらい鮮明に撮れる。もしかしたら東ベルリンに行くときや、東ドイツを列車で通過して西ドイツへ行く際に面倒なことになるかも知れない。あるいは東側のスパイに探られるかも知れない。実際、西ベルリンには本格的な諜報員ではなくても東ドイツ秘密警察の息がかかった人が多数いると言われる。
一般市民ではあるけれど、東独秘密警察の指示に応じて西ベルリン側の情報を提供するらしい。逆に、警備兵が間抜け面(づら)を西側から撮影されて新聞や雑誌に出てしまったら、軍の中で問題になるだろう。あの国のことだから下手すれば軍法会議で有罪ってことになるかも。この攻防戦、関係ない人から見れば実にくだらない「お遊び」なのだが、どっちもけっこう真剣なのだ。
向こうも心得ていて、なかなか顔を出さない。監視塔の窓は開けたままだけど、鉄の網戸は閉めてあって顔がよく見えない。すると今までカメラを構えて僕の写真を撮ろうとしていた警備兵が、網戸の向こうから思いっきり舌を出し、「ベェ~ッ」と言いやがった。なっ、なんだ? ドイツでも人をバカにする時は〝アカンベェー〟ってのをやるのか…。軽い敗北感。一本取られたような気がして「今日は引き上げるかぁ…」と肩を落としながら現場を離れようとしたところ――、なんとそれまで隠れていた2人が、はにかみながらも顔を見せた。その瞬間を見逃さずパシャリ。結果は1勝1敗といったところか。
執筆/画像提供 松浦 孝久 |